こんな状態であることはこれっぽっちも言ってなかったのでびっくりするだろうな。
いざ言おうと思っても笑ってごまかしてしまうかも・・と思っていました。
彦根に帰る新幹線の中とても気が重かったのでした。
部屋の中に家族が集まりました。
両親は妹から裕子姉ちゃんが話があるみたいということをさりげなく聞いていたので、おおよそ察しはついていたような感じでした。
正座して「実は・・」と言いかけたけど言葉が出てこない。
耐え切れず涙がこぼれてき ました。
こういうシチュエーションは苦手だ、この時が来ちゃったよ・・と思いながらも・・・。
涙が溢れて何もしゃべれない私に母は、「よくがんばってきたね。あんたの顔色とか見たら そんなもんすぐわかる。あんたが黙ってきた気持ちもようわかってる。 でもよう言いに帰ってきてくれたな。辛かったやろ。いつ言うてくれるかと思ってい たんやで。 これからみんなで力を合わせてがんばっていこうな。絶対大丈夫やから・・・」
みんな泣いていました。
もう何もいわなくてもいいから・・・そんな感じでした。
「悪いとは思いながらも言うと心配するから普通を装っていました」 「移植は12月の予定で考えています。」 これ以上輸血し続けると肝臓の状態が保証ができないということを説明し それ以上はあまり言いませんでした。
お盆だったので友人にも会い骨髄移植のことを打ち明けました。 友人はみんな驚いていました。